心に残る名文
第18回 いろは和歌【へ】 「へだてなき」紫式部『源氏物語』より
2017-07-27
いろは和歌シリーズ、今回は「へ」で始まる和歌を紹介します。
へだてなき心ばかりは通ふともなれし袖とはかけじとぞ思ふ
(岩波書店『新 日本古典文学大系22 源氏物語 四』「総角」)
隔てのない心だけは通っても、慣れ親しんで袖を重ねたなどとは口にすまいと思います
この和歌の読み手は、 大君と呼ばれる女性。『源氏物語』に登場する人物です。
それでは、この和歌が詠まれる前後の物語を、簡単にお話ししましょう。この和歌が出てくるのは「 総角」の巻。いわゆる「 宇治十帖」(光源氏没後、舞台を宇治に移してからの物語)の中の一巻です。
主な登場人物は、 薫中納言とその友人でありライバルでもある 匂宮( 帝の子)、それから大君と 中君の姉妹。姉妹の母親は早くに亡くなっており、半ば世を捨てたような暮らしをしていた父親も他界したばかり。
薫は大君に心ひかれて求愛しますが、大君は薫を受け入れようとせず、自分の代わりに妹の中君を薫と結婚させようとします。しかし薫は諦めません。姉妹に興味をもっていた色好みの匂宮をひそかに中君のもとへ案内し、自分は大君のもとへ忍び込みます。しかし、大君はやはり受け入れようとせず、薫はただ話をして夜を明かします。
ことのなりゆきにショックを受けながらも、大君は、匂宮と結ばれた妹のため母親がわりになって結婚の儀礼の世話をします。そこへ薫の和歌が届きます。
小夜衣きてなれきとはいはずともかことばかりはかけずしもあらじ
(同上)
夜着を着て慣れ親しんだとは言わなくとも、恨みごとくらいはかけないものでもありません
冒頭の和歌は、これに対する大君の返しです。
なれなれしくはしないでください、という意思表示だけではなく、後ろ盾のない境遇で妹と自身の運命を守っていこうと一生懸命な女性の気持ちが素直に表れているように感じられます。
大君はなぜここまで薫を拒むのでしょう。そして、彼らの恋愛模様はこのあとどうなるのでしょう。気になった方は、ぜひこれを機会に『源氏物語』を手にとってみてください。
福井