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スタッフblog「季の風」

もどかしい

2018-05-07
頭の中身を言葉にするのは難しい。
思っていることは、口に出してみるとそのとおりの形では出てこなくて、すかすかになったりねじ曲がったりする。
 
中学生のとき、N先生という国語の先生がいた。四十代半ばの、男の先生だった。
N先生が職員室にいることは稀で、たいてい、技術準備室で技術の先生と2人で石油ストーブを囲み、何を話すでもなくコーヒーを啜っていた。
昼休みや、部活のない放課後、よく友達と2人で技術準備室に行った。
私たちが行くと先生は、「また来たのか」とパイプ椅子を出してくれた。横でおしゃべりをしたり本を読んだりしていると、たまに私たちの話に笑ったり、本の表紙をのぞいて「ふうん」とつぶやいたりしていた。
先生は授業以外では無口だった。もっと話を聞きたかった私は、少し物足りなさも感じていた。
ある日、廊下でN先生と行き会った。
先生は何の前置きもなく、「君は最近乱読気味だな」と言った。「パール・バックの『大地』って知ってるか」
読んだことのない本だった。N先生に本を紹介されたのは初めてだったので、私は嬉しくてすぐに図書館でそれを借りた。
長い本だったけれど引き込まれ、一気に読んだ。よくわからないところもたくさんあったけれど、読み終えたときは頭の中がいろいろな思いでいっぱいだった。一刻も早く先生に感想を伝えたくて、技術準備室に走った。
しかし、N先生を前にして私が言えたのは、「面白かったです」という一言だけだった。
頭の中にあるのは、「面白かった」なんて言葉では全然伝えきれない、もっと具体的でごちゃごちゃとしたものだった。それなのに、全く言葉になってくれない。
大げさだが絶望的な気分になった。黙りこんだ私を見て、N先生は「そうか」とニヤニヤしていた。
伝えたいことをすっかり伝えられる言葉をもちたい。切実に思った。
 
20年経った今も、そんな言葉を手に入れられそうな気配はない。
一生懸命伝えようとすればするほど、「なんでこんなこと言ってるんだろう」と、相変わらず絶望している自分がいる。
N先生が無口だったのは、思いを、言葉を、できるかぎり丁寧に扱おうとしていたからなのかもしれない。最近ふとそう思った。
単に、うるさい女子中学生が面倒だっただけかもしれないけれど。
福井
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