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心に残る名文

第6回 坂本龍馬の手紙 文久3(1863)年6月29日付 坂本乙女宛

2016-11-15
国立国会図書館蔵
「右の事ハ、まづまづ あいだがらにも すこしもいうては、見込のちがう人あるからは、をひとりニて御聞おき、かしこ。」(文久3年5月17日)
「おとめさまへ 此手がみ人にハ けしてけして見せられんぞよ、かしこ。」(元治元年6月28日)
(宮地佐一郎『龍馬の手紙』講談社学術文庫)
※引用に際して、繰り返しを表す記号は一般的な表記に改めた。以降も同様。
 

 
 坂本竜馬が姉乙女に送った手紙のいくつかには、このような一文が添えられています。龍馬は筆まめで、現存しているだけでも140通近くあるといいます。
 28歳で脱藩した龍馬は、現在進行中の重大な出来事や自分の置かれている立場、苦悩や喜びといった真情などを、包み隠さず乙女に書き送っているので、「この手紙の中身のことは、人に言ってはいけませんよ。お独りの胸に留めておいてくださいね」「だれにも見せてはいけませんよ」と、釘を刺しているのです。
 姉に対して強気でそう言ってはいるものの、土佐弁が興を添えているからなのでしょうか、やんちゃな甘えん坊ぶりを垣間見るようで何ともかわいらしい気がします。
 5人兄弟の末っ子で、10歳で母を亡くした龍馬を母代わりに養育し、武芸や学問を教えたのがすぐ上の姉、乙女でした。彼女は、175センチほどの長身で体格がよく、男顔負けの文武両道の人だったといいます。
 脱藩亡命後の龍馬は、不穏極まる世の中で、明日をも知れぬ身でありながら、「日本を洗濯すること」、「世界の海援隊を創ること」を目指して東奔西走します。そして、その合間を縫って、自分の考えや行動が間違っていないことを、乙女に知っておいてもらいたい一心でせっせと手紙を書き送っていたのです。
 その中でも有名な「日本を今一度せんたくいたし」の決心が書かれている、文久3年6月29日付けの一通を紹介したいと思います。かなり長文なので、途中省略しています。
 

 
この文ハごく大事の事ばかりニて、け(=決)してべちやべちやシャベクリ(=饒舌)にハ、ホヽヲホヽヲいややの、けして見せられぞへ
(中略)
然ニ誠になげくべき事ハながと(=長門)の国にユクサ初り、後月より六度の戦にハナハダ利すくなく、あきれはてたる事ハ、其長州でたゝかいたる船を江戸でしふく(=修復)いたし 又長州でたゝかい申候。
カンジンナイツウいたし候ものニて候。 右の姦吏などハよほど勢もこれあり、大勢ニて候へども、龍馬二三家の大名とやくそく(=約束)をかたくし、同志をつのり、朝廷より先ヅ神州をたもつのタイホンをたて、夫より江戸の同志はたもと大名其余段々と心を合セ、右申所の姦吏を一事に軍いたし打殺、 日 ( ニツ )( ポン ) を今一度せんたく(=洗濯)いたし申候事ニいたすべくとの神 (ガンネガイ)ニて候。此思付を大藩にもすこむ(=頗)る同意して、使()(シヤ) 内々 ( ナイナイ ) 下サルヽ事両度。然ニ龍馬すこしもつかへをもとめず。実に天下に人ぶつのなき事これを以てしるべく、なげくべし。
(中略)
然ニ土佐のいもほり(=芋掘)ともなんともいわれぬ、いそふろ(=居候)に ウマレて、一人の力で天下うごかすべきハ、是又天よりする事なり。かふ申てもけしてけしてつけあがりハせず、(略)御安心なされかし。
  穴かしこや。
弟 直陰
(同上)
※かたかなルビは龍馬の手紙のママ
※その他のルビ、および“(= )”は引用者による
 

 
「夷人と内通」したというのは、外国軍艦が下関で長州を砲撃したとき、幕府は異人と内通して壊れた船を横浜で修復し、そしてまた、長州と戦ったということで、幕府が異人の手を借りて長州を打ったことに龍馬は憤慨し、「日本を今一度せんたく」しなければならないと、決意するのです。
 また、天下に人物のいないことを嘆いていますが、それならば自分一人の力で天下を動かすしかないと吐露しているところは、さすが孤高の人というほかありません。
 直陰は、龍馬のいみなです。
 また、冒頭の「べちゃべちゃシャベクリにハ、ホヽヲホヽヲいややの・・・」というのは、方言を交えた擬声語らしいのですが、これから話す「極大事の事」とはずいぶんかけ離れた、ユーモラスなあいさつ文ですね。重大な打ち明け話を聞く前に、ちょっと気持ちをほぐしてくださいという、龍馬らしい気配りが伝わってきてほほえましい限りです。
 坂本龍馬 天保6(1835)年 11月15日 土佐にて生誕
      慶應3(1867)年 11月15日 京都 近江屋にて暗殺
清し女
(肖像写真は国立国会図書館蔵)
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