心に残る名文
第30回 いろは和歌【よ】 在原業平「世の中に」『伊勢物語』より
2022-04-06
いろは和歌シリーズ、今回は「よ」で始まる一首を紹介します。
世の中にたえて櫻のなかりせば春の心はのどけからまし
(岩波書店「伊勢物語」)
この世の中に、まったく桜というものがなかったなら、春の人の心はのどかであったことでしょう。
桜を詠んだ和歌の中でも、有名な一首でしょう。『古今和歌集』にも採られています。
『伊勢物語』の八十二段、惟喬親王の別邸である渚の院で「馬の頭なりける人」=在原業平(825年―880年)によって詠まれた歌として登場します。
日本の春の象徴として咲き誇る桜、花盛りにあってもどこか陰りのつきまとう桜、時に怪異を生む桜、あっというまに散っていく桜。
桜にはさまざまな文学上のイメージがありますが、現代の私たちも、無意識にそれらを背負って桜を見上げているのかもしれません。