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心に残る名文

第21回 いろは和歌【ち】 読人知らず「散りぬとも」『古今和歌集』より

2018-02-15
 いろは和歌シリーズ、今回は「ち」で始まる和歌を紹介します。
 

  題しらず
読人しらず
散りぬとも香をだにのこせ梅の花恋しきときの思ひいでにせむ
(『新編日本古典文学全集11 古今和歌集』小学館)
 

 
 花が散ってしまっても、せめて香りは残しておいてください、梅の花よ。
 恋しいときの思い出のよすがとしましょう。
 
 散る花を惜しむ思いが、素直に表現されていると感じます。
 恋しき、の対象は、梅の花であり、人でもあるでしょう。
 
 毎年、近所の公園に梅が咲きます。
 少し気温の上がった休日に期待をこめて足を運ぶと、赤やピンクや白の小さな花が咲き始めており、お花見に来ている人もちらほら見えました。
 少し離れたベンチで、ジャージ姿の女子大生が一人ぼんやり花を見ています。
 別のベンチには老夫婦が並んで座り、「いい香りねえ」「いや全然香らんなあ」「あらあらおかしいわねえ」「なあ」と、笑いながらおしゃべりしています。
 小さな男の子を2人連れた若い夫婦が、かわりばんこに記念写真を撮っています。子どもたちは梅よりも、拾った木の実に夢中です。
 くたびれたダウンジャケットを着てビールの缶を持ったおじいさんが梅の木に近づいて、ラジオ体操の要領で深呼吸、その香りを胸に吸い込んでいます。
 彼らがみんな立ち去った後、私もおじいさんの真似をしました。去年も一昨年もかいだ、春の香りです。
 
 この歌の作者が思い出したいと願ったのは、どんな梅の花、どんな相手だったのでしょう。
 名もわからない読み人に、聞いてみたい気がします。
福井
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