心に残る名文
第4回 いろは和歌【ろ】「櫓もおさで」『和泉式部集』より
櫓 もおさで風にまかするあま舟のいづれのかたによらんとすらん
(岩波書店『和泉式部歌集』)
作者の和泉式部は、恋多き和歌の名手として知られた女性ですが、この作品からはそのような華やかさよりも、自分の内面をじっと見つめるような陰が感じられます。
櫓も使わずに風にまかせて漂うあま舟は、いったいどこへ寄ろうとするのでしょう。
寄る辺なく漂う船に、自分自身を重ねているようです。
この和歌は、四十三首からなる歌群の中の一首。
歌群には、「身を觀ずれば岸の 額 に根を離れたる草、命を論ずれば 江 の 頭 に繫がざる舟」と読む、漢文の題がついています。
根が岸を離れた水辺の草や、入り江に繋がれていない船のように、この身も命も寄る辺なく不確かなもの――上の和歌とのつながりを感じます。
さらに、つながりをもう一つ。
一首だけではわかりませんので、歌群の初めの五首を並べました。
みる程は夢もたのまるはかなきはあるをあるとて 過 すなりけり
をしやへる人もあらなんたづねみん吉野の山の岩のかけみち
觀ずればむかしの罪をしるからになほ目のまへに袖はぬれけり
すみの江の松にとはばや世にふればかかる物おもふ折やありしと
例よりもうたてものこそ悲しけれわが世のはてになりやしぬらん
はかなくてけぶりとなりし人により雲ゐのくものむつまじきかな
(岩波書店『和泉式部歌集』)
一つ一つの和歌の冒頭の音だけを順に読んでみてください。
「み・を・かん・す・れ・は」となりますね。
「身を觀ずれば……」という、歌群の題の始めの部分と同じです。なんと、四十三首の冒頭の音をつなげると歌群の題になるのです。
どうしてこんなに大変なことを……? などと思ってしまいますが、四十三首の和歌を何度も何度も読んでいると、作者自身の思いを言葉の一つ一つにしっかり込めるためにどうしても必要な形式であり、儀式に近いような作業だったのかもしれないな、とも思うのです。
福井