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第19回 太宰治『ヴィヨンの妻』
2017-08-25
 太宰の全作品を網羅しているわけではありませんし、近代作品そのものの知識が決して多いとは言えない私ですが、太宰が描く女性は魅力的でとても好きです。ですので、今回は稚拙な知識ながら太宰治の『ヴィヨンの妻』を取り上げていきたいと思います。
 『ヴィヨンの妻』は太宰が疎開先から東京の三鷹に帰ってきた1945(昭和21)年から、眠去する1948(昭和23)年までに書かかれた晩年の作品の一つです。主人公はさっちゃんという女性です。大谷という内縁の夫がいて、2人の間には息子がいます。しかし大谷は絵に描いたようなダメ男で、内縁とはいえ妻子がある身にも関わらず、酒に溺れ、金を使い、家に帰らず女のところに入り浸り……家庭を顧みることはなく、自分を守るためなら平気で嘘をつくような有様です。それに反し、さっちゃんは大谷を怒ることも拒絶することもしません。むしろ大谷を守っているところを見ると、太宰の理想の女性ともいいそうな、とてもけなげな女性です。しかし、ただ懐の広いけなげなだけの女性ではありません。物語が進むにつれて、そこに「したたかさ」が加わり、さっちゃんが確実に強くなっていくところがこの話の面白いところだと思います。
 その変化が分かる場面の「台詞」を2つ取り上げたいと思います。
 1つ目は大谷が金を盗んだことがきっかけで、その料理屋で働き始めたさっちゃんと一緒に家に帰る大谷の2人の会話の一節です。
 

 
「なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ」
「女には、幸福も不幸もないものです」
「そうなの? そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?」
「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」
(『ヴィヨンの妻』新潮文庫)
 

 
 太宰特有の軽快な会話の中に、隠れた女性の強さと、男性の見栄が凝縮されています。そして、それまで好き放題やっている大谷を家で待つしかなかったさっちゃんが外で居場所を見つける一方、相変わらず変わらない大谷…2人の関係性の変化も垣間見ることができるおもしろい会話です。
 2つ目はこの物語の象徴ともいえるさっちゃんが最後に吐くこの台詞です。
 

 
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きてさえすればいいのよ。」(同上)
 

 
 料理屋で働き始めたことで、さっちゃんの日々は前より楽しくなっていました。しかし、貧しい時代だったこともあり、さっちゃんは、この世の人は全員、夫に負けじと暗いところを持っていると思い始めます。そんなある日、さっちゃんは店の客に家まで着いてこられた上に、あっさり襲われてしまいます。次の日、何事もなかったかのように料理屋へ出向くと、そこにはすでに大谷がいました。しかし、さっちゃんは昨晩のことを大谷に話すことはなく、いつも通り大谷に接します。そんなさっちゃんに対し、大谷は雑誌に自分が「人非人」と書かれたことをぼやき、「ぼくはさっちゃんと息子のために金を盗んだんだから、人非人ではない」と言います。その大谷に対してさっちゃんが言った台詞です。どんな感情からこの台詞を吐いたのか。「あきらめ」「絶望」「自立」「愛情」「希望」……おそらく読む人によって様々な捉え方ができる一文だと思います。
 太宰がさっちゃんを理想の女性として描いたのか真偽は分かりません。しかし、比較的男性が何でも強いとされていた時代に、自分(男性)のエゴや醜さをさらけ出すことで、女性の強さを描き出す太宰の作品には心惹かれるものがあります。
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