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第8回 いろは和歌【は】 太田垣蓮月「はらはらと」『海人の刈藻』より
2016-12-13
 いろは和歌シリーズ、今回は「は」で始まる和歌を紹介します。
 第6回で、坂本龍馬の手紙が紹介されましたね。今回紹介するのは、龍馬と同じ時代に生きた女性の作品です。
 

 
おおがきれんげつ
  秋山
 はらはらとおつる木のはにまじりきて栗のみひとり土に声あり
(角川書店『新編国歌大観』)
 

 
 はらはらと散る木の葉にまじって、栗の実だけがひとり地上に落ちて音を立てる――晩秋の山麓、栗の実が落ちる音だけが耳に届くような静寂の中に、作者が一人でたたずんでいる様子が浮かびます。
 
 太田垣蓮月は、江戸時代後期から明治初期の女流歌人。寛政3(1791)年に京都に生まれ、明治8(1875)年に没した彼女の人生は波乱万丈でした。
 生まれてすぐに養子に出され、やがて結婚するも夫と三人の子供を次々に亡くし、二度目の結婚をしますがその夫も病没。出家して養父とともに暮らしていましたが、やがてその養父も亡くなってしまい、天涯孤独の身になります。
 その後は単身、京都の山麓を転々としながら、自作の和歌を彫りつけた焼き物を売って生活していたそうです。これは「蓮月焼」と呼ばれて京都土産として人気を博し、後に贋作が出回るほどだったとか。
 
 蓮月にはいくつもの逸話が残っています。容貌が美しかったので出家してからも言い寄る男性が絶えなかったとか、それを避けるために自ら前歯を抜いて器量を悪くしようとしたとか、幕末の志士たちと親交があったとか、歌集を出すのを嫌がって出版には一切関知しなかったとか、上の和歌が収録されている歌集『海人あまかる』が出来上がって送られてきたのを見て「二首ばかりは私の知らぬ歌も有る様子に御座候。」と言ったとか。
 どれがどこまで本当のことかはわかりませんが、蓮月の人柄を想像させるエピソードです。
 
 少しだけ蓮月のことを知ってから和歌に戻ってみると、栗の実を「ひとり」といい、それが落ちる音を「声」と表現していることに改めて気づきます。栗の実をまるで人間であるかのように描いたその思いは、どのようなものだったのでしょう。孤独を受け入れて穏やかな心境でいたかもしれないし、人恋しい思いに苦しんでいたかもしれません。
 彼女がどんな女性だったのか、この和歌の景色の中に立つ彼女は何を思っていたのか、知れば知るほどもっと知りたくなってきます。
福井
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